[東京 16日] - 今回の日銀金融政策決定会合でも予想通り政策変更は行われず、日銀はイールドカーブ・コントロール付き量的・質的緩和を継続することを決定した。日銀が今後、出口政策に関してこれまでの時期尚早というスタンスから対話を重視するスタンスに転換するとの報道も流れたことから、黒田東彦総裁の記者会見に注目が集まったが、目立って変わった発言はなかった。

日銀は量的・質的緩和政策に関しては、長期国債の保有残高が年間80兆円をめどに増加するよう購入するとしているが、実際のオペレーションではもう80兆円にはこだわっておらず、現在の長期国債購入ペースは年間60兆円を下回っている。つまり、実質的にはテーパリング(量的緩和の段階的縮小)が始まっているのだ。

しかし、それでも日銀が国債購入を続けていることには変わりなく、当社の試算では、購入ペースを低下させていっても、2020年頃には日銀のバランスシートは対名目国内総生産(GDP)比110%程度に達するとみられる。

一方、年内の保有資産削減開始を表明した米連邦準備理事会(FRB)のバランスシートは、2020年頃には対名目GDP比で15%程度まで縮小することが予想される。

日銀が黒田総裁の下で金融政策のターゲットをマネタリーベースの規模に変更し、長期国債の購入額を急増させた理由は、2%のインフレターゲットを達成するためだった。また、日本の為替政策は日銀の管轄ではないため、日銀は明言しないが、為替相場を円安にして経済を下支えするという意図もあると考えられる。

そもそも、物価が上昇するということは、通貨価値が下落するということだから、2%のインフレターゲットを達成するために通貨価値を下落させようとすることと、為替市場で他国通貨に対して円の価値を下落させようとすることは同義である。

しかし、黒田総裁就任時には対名目GDP比30%強だった日銀のバランスシートの大きさは、足元90%まで拡大しているにもかかわらず、日本の物価は一向に上がらない。消費税引き上げ分を除くと、消費者物価指数は黒田総裁就任時の約4年前と比べて2%強程度しか上昇していない。円の名目実効レートも、黒田総裁が金融政策のターゲットをマネタリーベースの規模に変更した2013年4月の水準にかなり近いところまで反発してきた。

つまり、この4年間の量的・質的緩和は、通貨価値の下落につながっていない。なぜなのだろうか。難しい経済理論はともかく、実務面から見ると、中央銀行がバランスシート(マネタリーベース)を拡大させることによって通貨価値を下落(インフレ率を上昇)させるには、以下の通り3つの経路があると考えられる。

<「お金をじゃぶじゃぶに供給」の幻想>

1つめは金利の低下だ。通常、マネタリーベースが増加すると金利が低下する。その結果、人々はお金を預金で保有していてもリターンが少ないので、物を買おうとする。また、金利が低いと、お金を借りてまで物を買おうとする人も出てくる。その結果、物に対するお金の価値が下がる。つまり、物価が上がり、他国通貨に対して当該国通貨が安くなる。

2つめの経路はマネーストックの増加だ。ある国の通貨の価値を決めるのは基本的には当該国の家計と企業だ。円の価値を決めるのは日本の家計と企業だ。したがって、家計や(金融機関を除く)企業の手元にお金が大量に流れれば円という通貨の価値は下がる。

3つめの経路は期待インフレ率の上昇だ。日銀がバランスシートを拡大するのを見て、家計や企業が、将来日銀が発行する紙幣の価値が下がる(=インフレが発生する)との期待(不安)を高め、手元にあるお金を物に変えようとすると、物に対するお金の価値が下がる。

もっとも、日本では今のところ、この3つとも機能していない。最初の経路については、金利は低下したが、すでに水準が低かったこともあって、日本の家計や企業は相変わらず低金利でも預金を増やし、物を購入するより、預金を維持することを好んでいる。

金利がほぼゼロであるにもかかわらず人々が預金を保有することを好んでいることに鑑みると、日本の家計や企業の物に対する需要が高まらないのは金利水準が原因でないことは明白だろう。ちなみに、イールドカーブ・コントロールにより10年物金利がゼロに固定されている現状では、日銀のバランスシートの増減はこの経路を通じては何の効果も発揮しない。

2つめのマネーストックの増加も目立った効果が見られなかった。これは実は1つめの経路で効果が見られないことを考えればある意味当然とも言える。中央銀行がいくらバランスシートを膨らまし、「お金をじゃぶじゃぶに供給」したと言っても、それは民間の金融機関が保有する資産が現金に代わっただけである。

金融資本市場ではこの「じゃぶじゃぶ」に意味はある。運用先が見つからないお金は少しでもリターンが高い投資先を探して動き回るからだ。しかし、家計や(金融機関を除く)企業の手元のお金が「じゃぶじゃぶ」になっているわけではない。

「じゃぶじゃぶ」になるためには、家計や企業が借り入れを増やす必要があるが、1つめの経路で見たように、日本の家計や企業は低金利でも相変わらず預金を増やし、物を購入するよりも預金を維持することを好んでいる。お金を借り入れて何かを買おうともしない。したがって、お金の価値も下がらず、つまり物価も上がらないのだ。

<インフレにする唯一の方法>

3つめの期待インフレ率に関しても、「今のところ」機能していない。日銀がいくら2%以上のインフレ率達成を目指すと言っても、一向にインフレ率は上がらない。日銀が自ら発行する銀行券について、「こんな紙切れ後生大事に持っていると、どんどん価値は減っていきますよ」と言っても、人々はそんな日銀の言葉を信じず、日銀が発行する、本当は20―30円くらいしかコストがかかっていない紙切れを後生大事に保存している。

期待インフレ率の上昇に関して「今のところ」とわざわざ付け加えたのは、実は今の日本でもこの経路を通じて通貨の価値を下落させる、つまり物価を上昇させ、為替相場で他通貨に対する円の価値を下げることはできるからだ。それは政府と日銀双方が理性やコントロールを失って行動すれば実現する。

政府が財政政策に対する規律を失い、国債を無節操に発行し、財政支出を急激に拡大させ、日銀が国債を無節操に購入することで政府をサポートすれば、日本の家計や企業にお金がばら撒かれ、円という通貨に対する価値観が変わり、実際に通貨の価値が下落する。

ただし、この方法は恐らく微調整が効かず、通貨価値の下落(インフレ率の上昇、為替市場での円安)は一気に大幅な形で訪れると考えられる。ちなみに、この時、当然ながら日本人が後生大事に貯め込んでいる現金・預金の価値も大きく下落することになるため、人々の生活は大混乱に陥りかねない。

筆者を含め、金融の実務に携わる人、多くのエコノミストの中には量的緩和政策がインフレ率を押し上げる効果に懐疑的な人は多かった。だが、やってみなければ分からなかったのも事実だ。よって、これまでの政策の効果がなかったことで日銀を批判するのも建設的ではないと思う。

とはいえ、日銀もいつまでも効果がない政策を続けることを止めるべきではないだろうか。このままでは効果がないどころか、さまざまなところに悪い副作用が広がっていく可能性がある。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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