[東京 16日] - 今週は、イベント満載のなか、日米の金融政策決定会合が開催された。ただ、市場の最大の関心事は14―15日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)であり、結果として、春闘の集中回答、米政府債務の法定上限適用停止期限の終了、オランダ総選挙、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に対する関心を弱める形になった。

3月のFOMCでの利上げは、金融政策に関する発言を控えるブラックアウト期間の数日前に、イエレン議長を含む複数の連邦準備理事会(FRB)高官が講演などで利上げの地ならしを行ったことで、事前の予想通りという結果になった。

逆に言えば、地ならし前に、市場が利上げをさほど織り込んでいなかった点が特徴的で、1月の雇用統計が発表された2月3日時点では3割程度しか織り込んでいなかった。記者からも、利上げの地ならしが遅すぎたのではないかとの質問が出たが、イエレン議長はFRBの情報発信にぶれはなかった点を強調。暗に、市場の受け止め方が間違いだったと説明した。

イエレン議長の説明に反論したい市場参加者も少なくないと思われるが、ここでは、市場が間違った理由を探ることで、金融政策の先行きを見る上でのポイントを考察したい。

<FRBは物価の実績値を重視か>

筆者は、市場が1月の雇用統計で時間給上昇率の伸びが鈍化したことを重視し、2月15日に発表された消費者物価の伸び加速を軽視したため、FRB高官による地ならしが始まるまで、3月利上げの織り込みが進まなかったと見ている。

市場が、1月の時間給上昇率を重視したのには、それなりの理由がある。議長が、1月統計発表前の時点で、賃金の伸びが加速していないことを根拠に、これまでの利上げペースが極めて緩やかだったことを正当化したためだ。

今から考えると、FRBは賃金や雇用など、さまざまな経済指標を分析しているが、物価の実績値を重視した政策運営に舵を切りつつあるように思える。低インフレで苦しむ日欧の様子を横目で見て、FRBも、早すぎる対応に伴うリスクを意識した政策運営が必要と判断した可能性がある。

声明文で「物価目標を依然下回っている」としていた表記を、「目標に近づいている」に修正した点からも、FRBが足元の物価水準に満足している様子が読み取れる。物価が上昇を目指す局面から安定を目指す局面にシフトし、利上げペースの加速につながったようだ。

本来、中央銀行はフォワードルッキングな対応が望まれる。物価は遅行指標なので、物価の上昇を待ってから行動すると、政策運営が後手に回り、景気の変動が大きくなる。ただ、中央銀行は、利上げという、物価を押し下げる有効な手段を保有する一方、確実に押し上げる手段を持たない。このことを踏まえ、望ましい政策運営に対する考え方が変化したのではないだろうか。

ただ、FRBとしては、物価の実績値を重視する姿勢を表明し難い状況にある。近年、議会から、金融政策は「テイラー・ルール」のような機械的な手法で実施すべきという意見が浮上し、これが「FRB不要論」にもつながっているためだ。

FRBは物価だけに着目して政策運営を行っているわけではないが、従来よりも(さらにはFRBの説明よりも)物価の実績値が政策運営の先行きを見る上で重要になったと筆者は考えている。

<バランスシート政策議論は初期段階>

イエレン議長は、今回のFOMC後の記者会見で、バランスシート政策に関する議論が行われたことを明らかにした。バランスシート政策は、前回FOMC議事録で今後の会合で議論すると予告していたことから、市場の関心を集めており、記者からも最初にバランスシート政策に関する質問を受けた。イエレン議長は、まだ決定に至らず、今後も討議を続けると説明している。

FRBは、2014年9月に発表した「金融政策正常化の原則と計画」で、保有資産の正常化を、「予見可能な手法で行う」としており、これが方針決定までの議論の長期化につながっているようだ。すなわち、予見可能な手法で実施するためには、正常化に向けて動き出す前に、ゴール(適正なFRBのバランスシートの規模)と、ゴールに至るまでの期間を米国債と住宅ローン証券(MBS)について、それぞれ事前に決める必要がある。

3月のFOMC実施前に、「予見可能な手法で行う」という従来の方針に対しても、FRBの高官が問題提起を行った。イエレン議長が、今回の記者会見で従来の方針に沿った説明を行ったことから、問題提起は方針修正にはつながらなかったようだが、バランスシート政策は論点が多岐にわたることから、FRBのメンバーのコンセンサスが出来上がるまでには、なお時間がかかりそうだ。

討議の遅れからか、今回の声明文では「フェデラルファンド(FF)レートの水準が十分に正常化されるまで」再投資を維持するとした、これまでのバランスシート政策に関する表現を踏襲した。記者からの「十分に正常化」の具体的な水準に関する質問に対し、イエレン議長は「景気見通しに対するリスクと自信が均衡した時」と、特定の金利水準をイメージしていないことを明らかにした。

イエレン議長の発言により、バランスシート政策の開始は、「FRBの景気見通しに対する自信の表れ」と市場は解釈し、市場に少なからぬ影響を与える可能性がある。実際のインパクトは、事前の織り込みの方法により異なる。今回の利上げのように急速に織り込まれると、相場の波乱要因になる恐れがある。今後も、バランスシート政策に関する議論の行方が注目されそうだ。

<日銀も後手に回る必要あり>

一方、15日―16日に開催された日銀政策決定会合は、短期金利をマイナス0.1%とし、長期金利目標をゼロ%程度とする金融政策の現状維持を決めた。市場では、物価が緩やかながら上昇することで、年内にも長期金利の操作目標を引き上げるとの見方がある一方、物価上昇は日銀の想定を下回ることで、追加緩和(短期金利のマイナス幅拡大)を実施するとの見方が共存している。

ただ、長期金利の操作目標の引き上げは極めて困難だと筆者は予想している。物価上昇に応じて小幅な引き上げを実施すると、市場は次の引き上げを予想するため、長期金利の操作が難しくなる。

「物価安定の目標」達成前に、操作不能の状況に追い込まれることは避けたいはずだ。日銀の金融政策も後手に回る必要があるが、引き上げ後の市場への影響は、FRBとは比較にならないほど大きいだろう。

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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