[東京 19日] - 6月8日の前倒し実施が決まった英国総選挙は、欧州連合(EU)からの離脱を巡って、より現実的な交渉スタンスを示唆し始めたメイ首相の事実上の信任投票であり、首相にとって真の敵は最大野党・労働党というよりも、身内の保守党内にいる対EU強硬派だと、みずほ総合研究所・上席主任エコノミストの吉田健一郎氏は指摘する。

一般的に「ハードブレグジット(強硬なEU離脱)」の定義は、単一市場・関税同盟へのアクセスよりもEUからの移民制限を優先することであり、メイ首相の表向きのスタンスもその部類に入るが、大陸欧州との経済的な関係を現状により近づかせようとしている点で、党内強硬派とは一線を画しているとみる。

同氏の見解は以下の通り。

<メイ首相が解散総選挙に踏み切った訳>

一部世論調査によれば、与党・保守党の支持率は40%超と、最大野党・労働党に20%ポイント程度の差をつけている。この勢いが続くならば、6月8日の前倒し実施が決まった総選挙は保守党の大勝に終わる可能性が高い。

世論調査に基づく議席獲得予想(下院定数650議席)では、労働党(現在229議席)は50議席程度減らす見込みであり、仮にこの多くが保守党(330議席)に流れるとすれば、総選挙に勝利した経験のない点が弱みだったメイ首相の党内リーダーシップも大幅に強化されることになろう。

それにしても、メイ首相の決断には驚かされた。ただでさえ、4月末のEU臨時首脳会談(英国は不参加)を経て、5月中には正式の離脱交渉が始まるとみられていたタイミングだ。また、英国では、2011年に下院議員の5年の任期が原則守られる(首相の解散権を大幅に制限する)「議会任期固定法」が成立しており、期日前の解散総選挙実施には議員の3分の2となる434人以上の賛成が必要となる。

メイ首相自身、これまでは、1分1秒たりとも無駄にできず、政治的空白は許されないとして、現在の議会任期が切れる2020年5月までは総選挙を実施しない方針を明らかにしていた。3月初旬に、保守党の元党首で外相も務めたヘイグ氏が英紙への寄稿で、総選挙を早期に実施すべきとの見解を示すと、政府報道官が即座に否定したことは記憶に新しい。

報道によれば、メイ首相は、イースター休暇中の山歩きの最中に、解散総選挙の前倒し実施を決断したとのことだが、3月末にEUに対して正式の離脱通告をしてからすでに数週間経っていることを考えると、「離脱通告後に解散総選挙表明」という筋書きがそもそもあったのではなく、本当に悩み抜いた末の決断だったのかもしれない。

<国民投票再実施の是非を問う選挙ではない>

ただし、後講釈ではあるが、このタイミングでのメイ首相の決断は極めて妥当だと思う。EUへの離脱通告前では、世論が再び揺れる可能性があった。また、保守党が40%台の支持率を得るのは、リーマン・ショック当時のブラウン労働党政権が支持率を急落させた2008年の「敵失」以来のことだ。

しかも、20%ポイントもの大差をつけられたら、労働党側は本来、総選挙を避けようとしそうなものだが、同党のコービン党首は、前述したように3月初旬に総選挙観測が高まった際、受けて立つ姿勢を明確に示した。現在229議席を持つ労働党が反対に回れば(造反議員が出なければ)、議会任期固定法に従って解散総選挙に待ったをかけることも可能だったが、結局、前言が撤回されることはなかった(英議会は19日、前倒し総選挙を巡る動議を522対13の圧倒的多数で可決した)。

加えて、労働党自体、党の方針としては、EU離脱賛成のスタンスを示している。EU残留を訴えて戦うならば、保守党との違いも一目瞭然だが、そうした選挙戦略も非現実的だ。

実際、コービン党首は、メイ首相による総選挙前倒し表明後に発表した声明の中で、「全ての人々に公平なブレグジットを求める」と明言している。要するに、EU離脱・残留を巡る国民投票再実施の是非を問う選挙にはなりそうにない。

一方、残留派の政党としては、スコットランド民族党(SNP)が54議席、自由民主党が9議席を有するが、SNPはすでに前回2015年の総選挙において、スコットランドの選挙区に割り振られた議席の大半を獲得している。そもそもスコットランドは労働党の地盤であり、保守党が議席を奪われる心配はない。

自由民主党については、確かに最近、党勢を伸ばしているが、SNPのように支持者が特定地域に集中しておらず、単純小選挙区制を採用する英国では獲得議席はさほど大きく伸びない可能性がある。結局、保守党が労働党から大幅に議席を奪い、メイ首相の党内政治基盤が強固なものとなる公算が大きいのではないだろうか。

<親EU派のハードブレグジット路線>

では、メイ首相は総選挙後、どのようなブレグジット交渉スタンスを取っていくのだろうか。まず大前提として、単一市場・関税同盟へのアクセスを優先し、EUからの移民制限問題で譲歩するような「ソフトブレグジット(穏健なEU離脱)」路線は、これまでの発言を見る限り、追求されることはなさそうだ。したがって、単一市場・関税同盟へのアクセスよりもEUからの移民制限を優先する「ハードブレグジット(強硬なEU離脱)」路線の中で、どの程度ハードになるのかが、重要なポイントだろう。

この点、保守党内の強硬派は、移民問題での妥協やEU予算の拠出などは論外で、EU側が譲歩しないならば大陸欧州との関係が他国と同じ「普通の関係」になったとしても構わないという姿勢を取っている。通商ルールで言えば、自国に有利な自由貿易協定(FTA)を結べないのならば、世界貿易機関(WTO)のルールで十分という発想だ(いわば「スーパーハードなブレグジット路線」)。

これに対して、メイ首相の発言やブレーンとされる人物らの言動を追うと、首相の交渉スタンスは、大陸欧州との経済的なつながりを現状により近づかせようとしている点で、ソフトなハードブレグジット路線であるように推測される。英国では最近、「親EU派のハードブレグジット(pro-European hard Brexit)」という言葉も聞かれるようになった。

具体的には、ヒトの移動について、移民流入コントロールを厳しくしつつも、米国の「グリーンカード(永住権)」をモデルにして、英国・EU間で「ブルーカード」を作るといったアイデアも出ている。また、財市場についても、通関処理の簡素化や関税撤廃を基本とするFTAなどを通じて、両者間の経済関係深化を目指すといった政策が提唱されている。英国は離脱後もEU予算への拠出をある程度行うべきだとの声もある。実務家肌であり、もともとは残留派だったメイ首相が目指すのは、こうしたブレグジットの形態ではないか。

もちろん、親EU派のハードブレグジット路線は保守党内の離脱強硬派がとても容認できるものではない。しかし、だからこそ、メイ首相は、離脱交渉が本格化する前の段階で、総選挙に打って出て勝つことによって、身内の強硬論を封じ込めたいのではないか。しかも、労働党の「敵失」で、現時点では過半数を大きく超える議席獲得が見込める。

今回の選挙に勝てば、メイ首相は2022年までの任期が見えてくる。EUとの離脱交渉は2019年3月末に2年間の期限を迎えるが、離脱協定に加えて、離脱後の関係を規定する新協定までにらめば、交渉の延長は不可避だろう。そこまで見据えたメイ首相の決断だったのではないか。

*情報を更新して、再送します。

*本稿は、吉田健一郎氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

(聞き手:麻生祐司)

*吉田健一郎氏は、みずほ総合研究所・欧米調査部の上席主任エコノミスト。1996年一橋大学商学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。対顧客為替ディーラーを経て、04年より、みずほ総合研究所に出向。エコノミストとして08年―14年にロンドン駐在。ロンドン大学修士(経済学)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

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