[東京 12日] - 低成長・低インフレにもかかわらず、欧米主要中銀がタカ派姿勢を強めている背景には、緩和的な金融政策継続に伴う資産バブルへの警戒感があるとUBS証券ウェルス・マネジメント本部の最高投資責任者(CIO)兼チーフエコノミストの青木大樹氏は指摘する。タカ派の波に取り残された日銀もいずれ、量的目標の撤廃など政策正常化を迫られると読む。

ただ、米国自動車ローンのデフォルト不安の高まりや、イタリア銀行部門の不良債権問題など、先進国経済の足元は必ずしも盤石ではなく、早過ぎる金融政策正常化プロセスが主要国景気を冷え込ませるリスクには警戒が必要と説く。1年後のドル円相場予想(中央値)は、110円に据え置いた。

同氏の見解は以下の通り。

<日銀も「ステルス・テーパリング」>

欧米の主要中央銀行当局者から、金融政策の正常化に向けたタカ派発言が相次いでいる。米連邦準備理事会(FRB)は、インフレ率が事前予想を3カ月連続で下回ったにもかかわらず、6月に利上げを実施。バランスシートの縮小計画も明らかにした。

欧州中銀(ECB)や英中銀(BOE)でも、テーパリング(量的緩和縮小)や利上げなど緩和的金融政策の転換が意識され始めた。主要国で取り残されているのは、日本とオーストラリアぐらいのものだ。

こうしたタカ派発言は、何を意味するのか。

まず、世界経済の回復がしばらくは続くとの確信を強めた可能性だ。確かに、センチメントは非常に高い。6月の中国製造業・非製造業購買担当者景気指数(PMI)は改善。ユーロ圏非製造業PMIは低下したものの、全体としてはグローバルで50を十分に超えた水準となっている。米経済を見ても、6月の雇用統計では、賃金上昇率は鈍かったが、主に教育や医療など生産性が低いとされる分野の雇用が伸びた。

こうした中、FRBの年2―3回程度の利上げは、足元の成長見通しを損ねるものではない。イエレンFRB議長自身が強く示唆していることもあり、9月に今年3度目となる利上げを実施し、12月にバランスシート縮小に着手するとみている。

一部では、ドル高を是正するため欧米中銀の間で秘密合意や協調行動があったとの憶測も聞かれたが、私は協調行動というよりは、現在のような緩和的金融政策が継続されれば資産バブルが起きかねない、との共通認識だと考えている。

また、3%超の成長が可能とするトランプ米大統領とは違い、イエレン議長は、その発言などから推測するに、現在の低インフレと低成長を米経済の実力と捉えている可能性が高い。となれば、利上げやバランスシート縮小に躊躇(ちゅうちょ)はしまい。

こういう状況で、日銀だけが取り残され、円安が進んでいる。だが、日本の金融政策にも、将来のグローバル景気下振れに備えたバッファー(緩和余地)が必要だ。すでに日銀の国債購入額は年間55―65兆円のペースまで落ちており、年間80兆円のめどに届いていないが、今後もそうしたステルス・テーパリング(隠れた量的緩和縮小)を進めざるを得ないのではないか。

いずれにせよ、日本経済は堅調なのに、主要国・地域で日本だけ生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)が低迷を続けているのは、昨年の円高と原油安の影響があるからだ。今後これは剥落してくるので、プラス0.6─1.0%の間に戻ると考えられる。そうなれば、日銀執行部もはっきりと正常化への道筋を語り出す可能性が高いだろう。

<自動車ローンが米経済のアキレス腱>

ところで米国で興味深いのは、景況感などのソフトデータと、実需統計であるハードデータのギャップが再び拡大していることだ。経済指標の事前予想と結果のかい離を指数化した米景気サプライズ指数のギャップを見ると、トランプ大統領の経済政策に対する期待からいったん2.4程度まで拡大し、その後1まで低下したが、また足元で1.8近辺へ拡大してきている。

米企業で投資決定権を持つ幹部500人を対象に実施した当社アンケート(6月7日付レポート)で、このギャップをどう解釈するべきか調査をした。それによると、今後1年間で事業環境がさらに改善すると答えたのは、「その可能性が高い」と「その可能性が非常に高い」を合わせて76%に上った。今後1年で予定する資本投資も、75%が設備投資と回答。次いで、配当(67%)だった。企業は相当の資金投下を計画している。つまり、先行きへの楽観が強まっているのだ。

しかし、前回も指摘したように、ソフトデータが先行して、ハードデータが追い付いてこない場合は、往々にしてソフトデータが腰折れし、下方向に調整が入りがちな点には注意が必要だ。実際、気になるシグナルもある。

例えば、自動車ローンだ。米国民約2000人を対象に実施した当社アンケート(4月13日付レポート)では、21歳から34歳の回答者の35%超が、「今後12カ月以内に自動車ローンでデフォルトする可能性がある」と答えている。

このアンケート結果は、このところ自動車販売の低迷が米個人消費全体を押し下げていることと合致する。賃金上昇が想定よりも伸びない中、「デフォルトするかもしれない」という不安が消費センチメント全体に影響を与え、足元の消費を弱くしている部分はありそうだ。実際に自動車ローンの販売台数と個人消費全体の連動性が高まっている。米国発のリスクとしては、自動車ローンのデフォルト率拡大に注視すべきだろう。

また、目先ではトランプ大統領の言動も不確実性の1つの要因となっている。医療保険制度改革(オバマケア)代替法案は、身内の共和党からも反対が強く、恐らく議会を通らない。政府債務の上限問題もある。7月末は暫定予算を通して乗り切るとしても、9月、10月になれば政府閉鎖の可能性が現実味を増してくる。外交面でも、トランプ大統領は中国に北朝鮮問題での対応強化を求めているが、習近平指導部がどの程度応じるかは不透明で、米中関係悪化のリスクもはらむ。

さらに、今年後半から来年にかけて、欧州でも政治リスクが再び意識される恐れがある。特に懸念されるのは、イタリアだ。今のところ、総選挙は来年実施の見通しだが、年内前倒しの可能性もゼロではない。選挙となった場合、党勢を増している反体制派「五つ星運動」が第1党となる恐れもある。ただでさえ、イタリアは、銀行セクターが深刻な不良債権問題を抱えている。政治的な混乱から、その処理が迷走すれば、ユーロ圏全体の景気に悪影響を及ぼさないとも限らない。

<中長期リスクに備え、資産の分散を>

最後に、上記のようなマクロ環境を踏まえた上での投資戦略について触れておきたい。まず、われわれは、ユーロ圏株式、通貨ユーロにはまだまだ大きく上がる余地があるとみている。前述した通りイタリア政治・経済の行方には警戒が必要と考えているが、ユーロ圏経済が全般的に見て強いというのが最大の根拠だ。また、ECBがテーパリングに着手するとみられるのも重要な要素である。

ちなみに、1998年から2016年における株と債券(時価総額)の各通貨建てシェアを見ると、米ドル建ては45─55%の範囲で推移してきたが、現在55%近くでほぼ上限だ。これに対して、ユーロ建ては同期間中、18―28%のシェアを維持してきたが、足元のシェアは20%程度であり、再配分の余地はまだ大きい。

一方、日本円建てのシェアは現在、約16%だが、これは上記期間中の14―20%近辺の中間点近辺にある。若干戻す余地はあると言えよう。

ただ、2017年度の日本企業の税引き後利益については、10%伸びるとのコンセンサスに対して、当社の予想は約2%増と厳しい。昨年は政策的な税率引き下げ以上に、企業が法人税を払っていなかった。昨年の最高益の一因は、制度を利用して法人税の支払いを圧縮したことにあり、今後はそれが剥げ落ちるだろう。

ドル円も、さほど上げ余地はないとみている。想定レンジは108─115円。上抜けするには米10年金利が2.5%を超える必要がある。それには、3%の米成長率が必要だが、実現は困難だろう。

足元は、米国の利上げ観測の高まりから一時114円までドル円が上昇し、レンジの上限まで来ている(日本時間7月12日午後0時50分現在は113円台前半で推移)。センチメントが強いため、3カ月後と6カ月後の中央値は前回予想の110円から113円へドル高円安方向に修正したが、1年後は110円のまま据え置いている。

足元1.14ドル台で推移しているユーロドルについては、3カ月後と6カ月後はそれぞれ1.16ドルと1.18ドル、12カ月後は1.20ドルとみている。

今後1年程度は強気の見通しでいいが、中長期の不確実性に備えるためには資産を地理的にも分散しよう、というのがメッセージだ。

*本稿は、青木大樹氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。

(聞き手:山口香子、麻生祐司)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*青木大樹氏は、UBS証券ウェルス・マネジメント本部の日本における最高投資責任者(CIO)兼チーフエコノミスト。2001年より内閣府で政策企画・経済調査に携わった後、2010年にUBS証券入社。2016年、インスティテューショナル・インベスター誌による「オールジャパン・リサーチチーム」調査の日本経済エコノミスト部門にて5位(外資系1位)に選ばれる。

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