[東京 15日] - 中国・北京において5日から15日まで開催された全国人民代表大会(全人代)は、日本のメディアから「国会に相当するもの」とよく言われる。だが、共産党一党独裁下の中国だけに欧米と比べても「議会」の役割は当然、限定的だ。代表約3000人の多くにとって、北京滞在は「物見遊山」だとの指摘はあながち的外れではないのかもしれない。

とはいえ、この会議は1年に1度、中国政府の方針さらに権力の在りかが垣間見える絶好の機会であり、同国の現状を知る上で重要なイベントと位置付けられる。特に今秋には5年に1度の共産党大会が開催され、最高指導部(党中央政治局常務委員会)の大幅な人事刷新が行われる見込みであるだけに、なおさらだ。

今年の全人代ではまず李克強首相による政府活動報告が注目されたが、その中で、2017年の経済成長率目標が2016年の6.5―7.0%から6.5%前後へと3年連続で引き下げられたことが明らかにされた。ただ、李首相が閉幕時の年次会見で述べた通り、「6.5%前後の経済成長率目標は低くなく、達成は容易ではない」のは確かだ。

また、2020年に国内総生産(GDP)と都市・農村住民の一人当たり平均収入を2010年の2倍にすることを必達目標として堅持しており、経済成長が習近平指導部の政治基盤の安定化に不可欠の要件であることは変わらない。

したがって、目下の中国の最優先課題が、国内経済の成長と、その鍵を握る米中関係のかじ取りであることは明らかだ。トランプ氏が米大統領当選後に台湾の蔡英文総統と電話会談を行って歴代米政権の慣行を破り「一つの中国」への疑問を呈し緊張が高まったが、大統領就任後の2月上旬に習国家主席との電話会談で同原則を尊重すると伝えたため、米中関係は修復しつつある。

早速4月に習主席が2015年に続き米国を訪問する話が具体化しつつあり、安倍晋三首相が厚遇されたことを前提にその演出も図られている模様だ。

また、春節の祝賀に、トランプ大統領の長女イバンカさんがワシントンの中国大使館を訪れ、赤い服を来た娘アラベラちゃんが中国標準語で歌った。そして、その映像が中国国内で大きく報道されたように、米中関係の行方は習指導部の威信を高める上で最重要事項なのである。

このように国内経済と対米外交という二大案件が交差するところに位置するのが為替問題と言えよう。つまり、「為替操作国」とトランプ大統領に名指しで批判されている中国にとって、今後の人民元の行方は米中関係および中国国内政治上、最優先課題として取り扱われるべきものであるはずだ。

<中国は為替操作国か>

米商務省発表の2016年貿易統計(通関ベース)によれば、米国のモノの貿易赤字は全体で7343億ドルに上るが、このうち半分近い3470億ドルを対中赤字が占める。要するに、日本とドイツを引き離して突出していること、さらに管理フロート制を導入していることがトランプ大統領の「為替操作国」非難につながっているようだ。

しかし、実際の中国はドル売り・人民元買い介入によって元安抑制を図っていることや資本流出規制を行っていることから必ずしもトランプ大統領の批判とは相容れぬ面も多い。

米財務省の為替政策報告書では、1)対米貿易黒字が年200億ドル超、2)経常黒字が名目GDP比3%超、3)年間の純外貨購入(外貨買い・自国通貨売り介入)が名目GDP比2%超、の3項目に抵触している場合、「為替操作国」に該当することになっているが(2項目抵触で監視リスト)、現時点で明らかに抵触しているのは1点目のみだ

例えば、国際通貨基金(IMF)によれば、2015年の中国の経常黒字は対名目GDP比2.96%であり、16年2.38%、17年1.62%と縮小傾向をたどる見通しだ。また、3点目についても、前述した通り、最近行っているのはドル売り・元買い介入だ。

しかし、実態として貿易不均衡が巨額に上っていることから、米国の雇用を奪っているとの印象が強烈にあることは否めず、今後の米中関係の悪化を懸念する声が高まっているのだろう。実際、バノン首席戦略官やナバロ国家通商会議(NTC)委員長ら反中派がホワイトハウスの主流を占めていることからも、今後どのような展開になるのか懸念は尽きない。

ちなみに、現在の人民元は1ドル=7元突破を目前にして6.90元前後で小康状態を保っている。だが、それは中国当局が介入を継続した結果である。2014年半ばに4兆ドルに迫った外貨準備高はその後減少に転じ、2017年1月末には約2兆9980億ドルと3兆ドルを割り込んだ(2月末には再び3兆ドルを回復したが、貿易や金融のフローが滞る旧正月の影響も指摘されており、減少トレンドに歯止めがかかったとは言い難い)。

このような外貨準備高の急速な減少を受けて、今後も中国が積極的にドル売り・元買い介入を続けることができるのかどうか注目されるところだ。IMFによれば、中国にとって安全と言える外貨準備高の最低水準は2兆6000億ドルから2兆8000億ドルとされるが、ここ最近みられた減少傾向が続くとすれば、いずれこの「IMFライン」割れも視野に入ってくる可能性がある。今後、管理フロート制の継続に疑問が生じる恐れもあるだろう。

<ドル安・元高の現実味>

振り返れば人民元は1994年に為替レートを一本化し管理フロート制へと踏み出し、さらに2005年にドルペッグから通貨バスケット方式に移行した。この間、相場は1ドル=8元台から徐々に切り上がり、一時6.0元水準まで上昇した。そして、しばらく6.10―6.20元近辺で推移していたが、香港のオフショア市場での急落をきっかけに2015年8月、大幅に切り下がった。

さらに、資本流出に歯止めがかからず一時6.96元まで下落し、目下、小康状態となっている。また、国外への資金流出に対し、当局は規制強化に乗り出し、外国投資への事前許可制の復活、銀行への口頭指導などを行っている。

とはいえ、人民元は2016年10月にIMF特別引き出し権(SDR)の仲間入りを果たし、構成通貨の比重で10.92%と、米ドルの41.73%、ユーロの30.93%に次ぐ3番目のポジションを得ている(円は8.33%で4位)。このようなハードカレンシー(国際決済通貨)への道を歩み出した現在、為替市場の透明化および自由化は最優先課題であり、強力な為替規制の導入はなじまないのも事実である。

また、モノ、カネの流れが巨大化する中で通貨をコントロールすることが困難となりつつあるのは明らかだ。したがって、通貨を政府のコントロール下に置こうとする管理フロート制を止め、市場の実勢に委ねるクリーンフロートへの移行は避けて通れないと見るのが正しいだろう。

もちろん、1985年のプラザ合意後に日本が直面した円高の再来だけは回避したいとの思いは、中国指導者の間で強いとされる。したがって当面は、ドル高が続く限り、外貨準備高の目減りと元安を両にらみしつつ通貨当局の綱渡りは続くことになるのではないか。その上でプラザ合意後の円高ほどではないにしても、米国との協議を経て、ドル安・元高へと相場は展開していく可能性が高いと考えられる。

ちなみに、李首相は、全人代閉幕時の会見で、米国との貿易戦争は望んでいないと発言、米国との関係には明るい展望があり、両国は相違解消ために対話を強化すべきとの認識を示している。

<李首相の後継候補に「2人の王」>

このような状況で注目されるのが経済政策を実質的に指揮するナンバー2の首相ポストの行方だ。現在は推測や噂の域を出ないものの、李克強首相が全人代常務委員長(国会議長に相当)に祭り上げられ、そのあとを「2人の王」のどちらかが引き継ぐとのシナリオが取り沙汰されている。

つまり、反腐敗闘争で習主席を支えてきた王岐山・党中央規律検査委員会書記(常務委員)が定年延長して首相になる、もしくは汪洋副首相が昇格するというものだ。

特に王岐山氏については2008年のリーマン・ショック時に、ポールソン米財務長官(当時)の依頼に応じ米国債を大量に購入し金融危機脱出に協力したと報じられている。この間、反腐敗闘争の先頭に立ち国際金融市場であまり目立つことはなかったが、その名前は欧米金融界に浸透しており、ウォール街とも人脈が深いことから、今後の首相昇格を待望する声は米当局者の間でも強いと言われる。

この王岐山の再登場は「プラザ合意2」とも言えるドル安・元高を具体化する号砲になる可能性もあり、今秋の共産党大会に向けて、いやが上にも注目されるところだ。

*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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